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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)137号 判決

上告人

門司洋一

右訴訟代理人弁護士

下東信三

吉野高幸

前野宗俊

高木健康

住田定夫

配川壽好

横光幸雄

尾﨑英弥

江越和信

荒牧啓一

河邉真史

被上告人

北九州市長 末吉興一

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五九年(行コ)第七号懲戒処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年六月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人下東信三、同吉野高幸、同前野宗俊の上告理由第一点について

地方公務員法三七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)の判示するところであり、また、地方公営企業に勤務する一般職の地方公務員の争議行為等を禁止する地方公営企業労働関係法一一条一項の規定が、同法附則四項の規定により右地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される場合を含めて、憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日判決・刑集三一巻三号一八二頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和五六年(行ツ)第三七号同六三年一二月八日第一小法廷判決・民集四二巻一〇号七三九頁、同昭和五七年(行ツ)第一三一号同六三年一二月九日第二小法廷判決・民集四二巻一〇号八八〇頁参照)。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第二点について

結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号、いわゆるILO八七号条約)は公務員の争議権を保障したものとは解されないから、所論憲法九八条二項違反の主張は、前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人に対する本件懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官坂上壽夫の補足意見、同伊藤正己の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、地方公務員法三七条一項、地方公営企業労働関係法一一条一項が憲法二八条に違反するものではないとする多数意見に賛成するものであるが、右争議行為禁止規定を合憲とする論拠については、多数意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)が公務員の労働基本権の制限、具体的には公共企業体等労働関係法(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの)一七条一項の規定の合憲性に関して説示するところと異なる見解を有している。すなわち、私は、右争議行為禁止規定の合憲性が肯定されるのは、地方公務員の従事する業務は国民全体の利益と関連を有するものであり、現実に地方公務員の罷業、怠業等が国民生活の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすおそれがあり、国民全体の利益を擁護するためその争議行為を禁止することもやむをえない措置として是認できるからであると考えている。したがって、争議行為禁止規定に違反する行為の違法性の程度は、国民生活全体の利益と労働基本権を保障することにより実現しようとする法益とを比較衡量して両者を調整する見地から、当該行為が国民生活に及ぼした影響、争議行為をなすに至った経緯、その目的等の事情を考慮して判断することが必要であり、右違反者に対して課せられる制裁としての懲戒処分は、右の観点から必要な限度を超えないように、当該行為の違法性の程度に応じて慎重に決定されなければならないと考えるのである(最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一五六号登載予定における私の補足意見参照)。

右のような私の考え方に立って本件についてみるに、本件争議行為は、病院職員二六六名を分限免職にして減員するなどの支出節減項目等を含む病院事業及び水道事業に関する財政再建計画に反対し、その撤回を求めて実施されたものであり、その目的には酌むべきものがある。しかしながら、一方、右職員の減員等は当時の財政窮迫状態を打開するため緊急に必要なやむをえない措置として計画されたもので、そうすることに相応の根拠があったものであり、当局側が右計画について誠実に団体交渉を行う義務を尽くさなかったとはいえないことは、原判示のとおりであり、その他、上告人は、本件争議行為の前後を通じて北九州市職員労働組合八幡現業支部執行委員長又は同組合八幡支部書記長として、八幡区における本件争議行為を企て、あおり、そそのかして、昭和四二年一二月一五日に区役所、清掃事務所等の市民生活にかかわりの深い各部門の多数の職員を長時間職場離脱させ、市の業務の正常な運営を阻害したばかりでなく、本件争議行為終了後も勤務時間内職場集会を開催し、そこにおいて、右争議行為に参加しなかった職員をつるしあげたりしたもので、その責任は軽くないと考えられること、更に、上告人は、昭和四一年の給料表の改定に反対する争議行為に関与した等として、同年六月一四日付で停職三月、同年一二月八日付で減給の各懲戒処分を受けたこと等の諸事情を考慮すると、上告人に対する本件懲戒免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くとまではいえないように思われる。

裁判官伊藤正己の反対意見は、次のとおりである。

地方公務員法三七条一項、地方公営企業労働関係法一一条一項の規定の合憲性及び右争議行為禁止規定に違反した者に対する懲戒権の行使について私の考えるところは、最高裁昭和五九年(行ツ)第三六号平成元年四月二五日第三小法廷判決(裁判集民事一五六号登載予定)における私の反対意見及び補足意見の中で述べたとおりである。すなわち、私は、右争議行為禁止規定は法令として合憲であり、このことは、多数意見の引用する最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決(名古屋中郵判決)の提示する四点の論拠、とくに公務員等の職務の停廃は直ちに公務の円滑な運営を阻害し、ひいては公共の利益を損なう可能性が強いという理由により基礎づけることができるものと考えているが、そうであるとしても、右禁止違反に対する制裁措置は、必要な限度を超えないように慎重に決定されなければならず、とくに、争議行為の違法性の程度は、憲法二八条に定める労働基本権の尊重により保護しようとする法益と地方公務員法、地方公営企業労働関係法が職員について争議行為を禁止することによって実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を調和させる見地から、争議行為の目的、内容、態様、影響、争議行為に至るまでの当局側の対応の仕方などの諸般の事情を勘案して評価すべきであり、懲戒処分を行うかどうか、行うとしていかなる処分を選択するかについては、右争議行為の違法性の程度と均衡を失することのないように決定されなければならないと考えるものである。

右に述べた観点に立って、上告人に対する本件懲戒免職処分の適否について考えるに、原審の認定する事実からみても、本件争議行為は、本件財政再建計画に含まれる、病院に勤務する単純労務職員二六六名という多数の者の分限免職、勤務条件の改正等に反対しその撤回等を求めて行われたものであり、その目的はおよそ労働組合にとって最も重要なものであって理解できるものである。しかも、病院、水道事業の財政再建が市にとって急を要する施策であるとしても、右再建計画は職員の身分、勤務条件に関する重要な事項を含むものであるから、その議決前に関係組合との間で十分な話合いが行われる必要があるにもかかわらず、右再建計画案の議決までにもたれた組合側との交渉回数は合計五回で、各回とも時間は二、三時間程度であり、本件財政再建計画について全体的な観点からの掘り下げた交渉はなされず、組合側からの具体的な反対提案等もないまま交渉が打ち切られたのであるから、実効性のある団体交渉が十分につくされたものとはみられない。また、本件争議行為の態様は、昭和四二年一二月一五日の職場離脱であり、市の業務の正常な運営を阻害したことは否定できないものの、住民の公共的利益に対する直接の影響はさほど大きなものではないものとみられる。上告人は組合の幹部として職場離脱による本件争議行為を企画、指導したものであるから、その責任は決して軽いものではなく、相応の懲戒処分を課せられることはやむをえないところであるが、右の事情に照らしてみると、上告人を免職処分にすることは、上告人が本件争議行為終了後争議行為に参加しなかった職員に対し乱暴な言辞に及んだこと、昭和四一年に争議行為に関与したこと等により二回懲戒処分を受けたこと等を考慮にいれても、その行為の違法性の程度と対比して著しく均衡を失しており、裁量権を濫用したものとして違法といわざるをえない。

以上の次第で、私は、原判決中上告人に関する部分は破棄を免れず、そして、右と判断を異にする第一審判決を取り消し、上告人の請求を認容すべきであると考えるものである。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己)

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